
〜気弱でもなんとか生き抜いている中年オジの記録〜
気弱オジ、そっと語り始める職場サバイバル記
今日から、ゆるく自分のことを書いてみようと思う。
大げさな話ではない。ただ、どこにでもいる“気弱なおじさん”が、
どうにかこうにか毎日を生き抜いている、その記録だ。
私は昔からとにかく気が弱い。
名前を呼ばれただけで肩が跳ねるし、
後ろでペンが落ちただけで「えっ、地震?」と身構えてしまう。
声も細くて、初対面の人にはほぼ100%「優しそう…いや、弱そう?」と思われるタイプだ。
自分でも「もう少し堂々としたい」と思うけれど、
気弱オジのOSは簡単にはアップデートされない。

趣味は特にない。
テレビをぼんやり眺めたり、ネットをだらだら見たり。
妻と子どもがいて、家庭仲は悪くないけれど、
「お父さんは何を考えているのかわからない」と言われることもある。
まあ、静かすぎるのが原因だろう。
家族の中で私だけ“省エネモード”で動いている感じがする。

仕事は工場での機械操作。
朝8時半から夕方5時まで、淡々とラインを見守る日々だ。
気づけば10年ほど続けている。
工場は年々高齢化が進み、若い人はなかなか入ってこない。
私の担当は一人で黙々とこなす作業が多く、
気楽といえば気楽だが、指示を間違えるとやり直しが発生したり、
強めの口調で注意されることもある。
そんな日々の中で、ある時ふと手に取った本がある。
**『嫌われる勇気』**だ。
アドラー心理学の考え方をわかりやすく語った本で、
「人の悩みのほとんどは対人関係である」という言葉に、
胸をつかまれたような気がした。
気弱な私にとって、あの本は“人生が劇的に変わった”とまでは言わないけれど、
確かに 目が少し開いた瞬間 があった。
「他人の評価はコントロールできない」
「自分の課題と他人の課題を分ける」
そんな考え方に触れて、
“ああ、全部を背負わなくてもいいんだ”と、
ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
もちろん、現実は本のようにスッキリとはいかない。
職場では相性の合わない上司もいるし、
手順が違えばピリッとした空気になることもある。
でも、以前よりは「これは自分の課題じゃないな」と思える場面が増えた。
それだけでも、気弱オジにとっては大きな進歩だ。

このブログでは、そんな私の日常や、
工場でのちょっとした出来事、
そしてアドラー心理学に少しだけ背中を押された気弱オジなりの
“ゆるい生き抜き方”を綴っていこうと思う。
時系列はバラバラになるかもしれないし、
突然昔の話をしたり、未来のことを書いたりするかもしれない。
でも、長く続けていけたらいいなと思っている。
今回はこのくらいで。
これからも、気弱オジのゆるいサバイバル記に
そっと耳を傾けてもらえたら嬉しい。



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